愛知県高浜市で、約360年前に始まったと伝えられる奉納儀礼「射放弓」。お弓役と呼ばれる若者が、ゆったりとした所作で弓を引き、大空へ向けて矢を放ちます。高浜市内の吉浜神明社と八幡社だけに受け継がれる、全国的にも珍しい祭礼です。しかし2020年と2021年は新型コロナ感染拡大により中止になりましたが、2022年に3年ぶりに開催されました。
今回は、コロナ禍で中止が続いた地元の祭礼を、守り受け継ごうとする取り組みに注目します。
無形民俗文化財「射放弓」を守る若者たち
射放弓とは、愛知県高浜市吉浜地区にある八幡社と神明社で行われる儀式です。お弓奉納の儀として、武者姿の若者が厳しい作法にのっとり、東西へ白羽の矢を放ちます。 約360年の歴史があり、かつては地域の安泰と災いが降りかからないようにと願い行われていました。
お弓役とよばれる射手は、地元に住む20歳以下の男性の中から2人が、氏子総代会長によって選ばれます。2020年と2021年は新型コロナの影響で、射放弓の練習会や準備も行えず、OBが奉納を行いました。そんな中、2022年は10月8日に八幡社で、翌日に神明社で祭礼を開催することが決定。3年ぶりにお弓役が地元の若者から選ばれることとなりました。
お弓役を務める地元の若者たち
神明社の射放弓で3年ぶりにお弓役を務める高校生の渡邊佳靖さんに話を聞くと、「これまで祭礼ではお囃子をやっていたのですが、お弓役の推薦を受けてやってみようと思いました。せっかくなので学校の友達を誘って、一緒にやることにしました」と話してくれました。
また、渡邊佳靖さんに誘われて、一緒に2022年のお弓役を務めることになった同級生の渡辺零士さんは、「矢を射ると聞いて楽しそうだなって思いましたので、今回引き受けてみようと思いました」と語ります。
祭礼準備とお弓役を支えるOB
射放弓の練習や準備は毎年8月のお盆明けから本番直前まで毎日行われます。
2022年は毎回検温し、基本的に屋外で活動することで感染予防を行いながら、伝統の継承が行われました。神明社射放弓の指導責任者、磯村寿人さんに3年ぶりの祭礼開催について話を聞くと、「今年は通常通りの開催をすると神社が決断してくれたので、新しい人に文化の引き継ぎができます。自分たちが守ってきたものをしっかりと伝えていきたいです」と、思いを語ってくれました。
人と人とのつながりでしか残せないもの
本番2日前の練習の様子を覗くと、お弓役を務める二人と過去にお弓役を務めたOBの姿がありました。
神明社では前年に射放弓を奉納した人を中心にOBがサポートし、練習や矢作りなどの伝承が行われています。射放弓は無形文化財であるため、所作はすべて文字ではなく、口伝で受け継がれています。
本番直前になるとOBによる指導にも熱が入ります。OBの一人は、「射放弓は人と人とのつながりでしか残せないもの、毎日集まって伝えていくものです。決して絶やすことなく、次の世代の子どもたちにも伝わってほしいですし、この流れを絶やさないでほしいと思います」と、語ってくれました。
迎えた射放弓当日
そして迎えた射放弓を奉納する祭礼当日。早朝の会場には、緊張した面持ちで出番を待つお弓役の二人の姿がありました。渡邊佳靖さんが「緊張で吐きそう」と弱音を漏らす一方、渡辺零士さんは「今までやってきたことをやるしかない」と腹をくくった様子です。
射放弓では、その年の豊作に感謝するとともに来年の豊作を願う意味を込めて、矢を日の出と日の入りの方向に放ちます。1本の矢を40分ほどの時間をかけて放つため、長時間にわたる立ち膝とゆっくりとした動作は体に大きな負担が。お弓役の二人は体の痛みに耐えながら、神事を進めていきます。
渡邊佳靖さんと渡辺零士さんのそれぞれの矢は、東西の空に見事放たれました。
無形文化財の継承は地域で行う
3年ぶりに実施された吉浜神明社の祭礼。今後もこの伝統を継承していくことが求められます。2022年の射放弓では、祭礼を地域の人たちに伝えるための取り組みとして、「射放弓いちばんくじ」という抽選会を初めて実施しました。
この狙いについて神明社射放弓の指導責任者、磯村さんは「祭礼はみんなが集まる楽しいものというのを知ってもらうために企画しました。何年後に芽が出るかは分らないけど、こうして楽しんでくれた人の気持ちが次につながっていくと良いなと思います」と、話してくれました。
伝統をこれからも守り続けるために
新型コロナの影響で各地の祭礼が何度も中止となり、その継承が危惧される中、これからも射放弓を守り受け継ぐ上での課題とはどのようなものなのでしょうか。
神明社の内山国博氏子総代会長は、「いまはどこの町の祭りもいつ廃れてしまうかと危惧する声が聞こえてきます。保護団体などに任せるのではなく、自分たち、地域で守るという意識を持たないと長続きしないと考えます」と、今後の射放弓の継承について思いを語りました。
360年以上続いてきた伝統をこれからも守り続けるために・・・。「射放弓」を受け継ぐ人たちの姿には、そのヒントがあるのかもしれません。(取材・撮影:オフィスげんぞう/文:石川玲子 2022年10月取材)
高浜市指定無形民俗文化財「射放弓」
高浜市吉浜地区の八幡社と神明社に「お弓奉納の儀」として伝わる約360年の歴史を誇る弓神事。武者姿の若者が東西へ白羽の矢を放つと、矢は見学者が拾い、護符として家に飾るという。
吉浜神明社
場所:愛知県高浜市芳川町2-1-6
吉浜八幡社
場所:愛知県高浜市八幡町4-1-18
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