歴史と文化のまち、風情ある景観が待っていた
2016年12月、ユネスコ無形文化遺産に日本の「山・鉾・屋台行事」が登録され、そのひとつに愛知県知立市の「知立の山車文楽とからくり」が認定されました。今回は、まつりを担う5町のうち本町をピックアップしてぶらり散策。
一見すると閑静なまちですが、そこには数々の貴重な資料や、100年以上前の建造物が隠されていました。深い歴史とまつりへの情熱がたぎる誇り高き「知立の中心」へ、いざ行かん!
旦那衆の町・本町は、知立の経済、文化の中心だった
東海道が東西を貫く町、知立。江戸時代には日本橋から数えて39番目の宿場・池鯉鮒宿がおかれました。その宿場町の中央に位置するのが本町です。
本町には大名や幕府の役人が宿泊する本陣、脇本陣が置かれ、池鯉鮒宿の中心として賑わいました。また、この町には有力な商家や資産家、いわゆる「旦那衆」が多く、この地域の経済の中心地として繁栄しただけでなく、芸事や芸能も盛んな文化の中心地でもあったといわれています。
町の規模は東西およそ200m。江戸時代の面影といえるようなものは、今ではほとんど残っていません。しかし、商店や医院などが点在する町並みにはのどかな空気が漂い、名鉄知立駅から徒歩数分の距離ながら喧騒から離れ、落ち着いた風情をたたえています。
レトロな雰囲気がたまらない、都築屋菓子舗
本町の東の入口は、知立リリオ・コンサートホールの角の交差点。町を歩き始めるやいなやいきなり目に飛び込んでくるのは「都築屋菓子舗」です。
まず心を奪うのは建物。宿場町らしく、間口が狭くて奥行きがある木造二階建ては、どこか懐かしい昔ながらの店構え。通りに面した陳列棚には、その日売っている和菓子が一皿ずつ品よく置かれています。
玄関の引き戸を開けて店内に入ると期待にたがわず昭和めいた雰囲気で、まるで時代を遡ったような気分に。年季の入ったショーケースや調度品、艶光りする柱など、実に渋い味わいです。
味わい深いこの店は、実はかつて旅館だった
5代目の当主である都築敏正さんによると明治8年に創業し、その3年後、宿場町時代に旅館として建てられたこの建物を初代が買い取ってそのまま店にしたのだとか。なるほど、売り場のスペースは時代劇でよく見かける宿屋の帳場のようなしつらえになっています。
売り場から先へも土間が続いており、奥の一室では若い女性職人が茶巾絞りに精を出していました。「うちの主力はお茶席に出す季節のお菓子。創業時から変わらないやさしい味を受け継いでいます」と話す都築さん。
昭和49年、若者の情熱で山車が復活!
この道40年の和菓子職人である都築さんは、実は2016年まで知立まつり全体を統括する「惣代長」を務めていました。祭りに参加するようになったのは20歳の頃、昭和47年のことですが、実はその頃、本町は祭礼に山車を曳いていなかったといいます。
「本町では昭和35年以降、資金難もあって山車を出していなかったんです。そんなとき、ありがたいことに、隣町の中新町の方が声を掛けてくれたので、中新町の山車で囃子をやることができました」。
これを機に都築さんが中心となって町内の若手をまつりに誘い、祭りの担い手を増やします。そうして昭和49年、本町の山車が復活。10数年ぶり5台の山車が揃い踏みを果たしました。
「若い頃まつりの復興に力を注いできたので、世界遺産への認定は本当にうれしいこと。他町に比べると人口が少ないので運営では大変な面もありますが、若い人も経験を積んで、繋いでいってほしいですね」。
祭り衆には「股引」でおなじみ、清水屋洋品店
続いて訪れたのは、都築屋菓子舗から旧東海道を少し西へ進んだところにある「清水屋洋品店」。制服やジャージなど学校用衣類や婦人服などを扱う「町の洋服屋さん」です。
出迎えてくれた3代目の清水宣久さんに聞くと、明治43年に仕立屋として創業。清水さん自身も若い頃から仕立て仕事で腕をふるってきました。時代の流れで仕立服の需要がなくなった今も、まつりで若い衆がはく股引を自らの手で仕立てているそう。股引の注文は本町だけでなく他町からも入り、まつりには欠かせない店のようです。
貴重なまつりの記録!地道に集めた店主の執念
実は清水さん、多くの祭礼関係者が「まつりの歴史を聞くなら清水さんへ」と一目置く方。話しながら見せてくれたのは貴重な祭礼の資料でした。みずから仕立てた和綴じの冊子をめくると、江戸時代後期から今に至るまで役員・楫方(かじかた)・文楽・囃子など祭礼の担当者の名前や文楽の演目が墨字で丁寧に書き込まれています。ほかにも、大正時代以降の祭礼の記念写真も収集しており、山車や装束の変遷が一目瞭然。
清水さんとまつりとの関わりは、昭和56年から携わるようになった文楽が始まり。「祖父の影響もあって若い頃から日本文化全般に興味があり、自然と文楽に入っていったんです」。昭和56年は、明治39年以降途絶えていた文楽が本町で復活した年。この時から、生来の几帳面さもあって役割や演目の記録をつけ始めます。
その資料がまつりの歴史を正確に伝える
その一方で、平成10年に区の役員になったことがきっかけで、祭礼関係の資料収集を本格的に始めます。「意外にも本町では、過去の祭礼記録がまとまって保管されていないことに気が付いたんです」と清水さん。
そこで、歴代の関係者を訪ねて眠っている資料を掘り起こし、細大漏らさず記録を書き写していきました。その執念とマメさは「やるならばなんでも徹底したい」という探究心旺盛な性格によるものでしょう。取材用のメモ書きも含めると冊子は30数冊にものぼり、また、祭りの写真を収めたアルバムは40冊を超えるとか。
祭礼を受け継いできた人々の歴史に埋もれさせることなく、きちんと記録にとどめておいた清水さんの地道な努力には頭が下がるばかり。その貴重な資料は記録集の作成などに役立てられており、今後も活用されていくことでしょう。
料亭岐阜屋の塀と門は本町の風景に欠かせない
清水屋からさらに西へ少し行くと、瓦屋根の乗った立派な塀と門のある建物が建っています。ここは料亭の「岐阜屋」。その風格ある建物は、静かな町並みのなかでひときわ異彩を放っています。
訪ねてみると、和服姿の女将、澤田たみ子さんが出迎えてくれました。創業は明治初年。屋号の「岐阜屋」は、創業者が岐阜県各務原市鵜沼の出身であることが由来とか。
中に入れば非日常の世界。趣向を凝らした名建築
玄関左脇から通路を奥へ少し進むと中庭が現れます。その周囲は回廊風の廊下になっており、まるで橋のような廊下と趣きのある中庭が、非日常の空間を作り出しています。
板をきしませながら通路をさらに進んでゆくと、今度は下りの階段が現れます。これは、本館は高台に、離れは丘の下にあるために設けられたもの。店は地形を活かした構造になっているのです。
いつかここで会席料理を味わいたい
それにしても奥行きがあって、外から見ただけでは全貌がわかりませんでした。「建物は昭和の初期ごろから順次増改築を繰り返したので、このような形になりました」と女将さん。
どの部屋もしっとりとした雰囲気で、そこかしこに老舗料亭らしい凝った意匠が見られるのも興味が尽きません。次に訪れる時は、この風雅な空間で会席料理を楽しんでみたいものです。
山車蔵を見上げ、まつりの日に思いを馳せる
岐阜屋の館内に飾られた山車の写真を眺めていると、主人の澤田和征さんが「この先の山車蔵にも写真が飾ってあるよ」というので、最後に見に行ってみることにしました。
山車蔵は、普通の家の二階建て分もある背の高い建物。シャッターには山車の写真があしらわれ、壁には祭礼の様子をとらえた写真が掲示されています。旧東海道を散策する観光客に、中にどのような山車がしまわれているのか知ってもらうおうという趣向とか。
本町公民館も兼ねたこの建物では毎月一回、祭りに参加する子どものために囃子の練習が行われているそう。「参加したいという子どもが多いのはうれしいですね」と澤田さん。まつりに対する多くの人の熱い思いがひしひしと感じられた本町散策。知立まつりの日に出掛ければ、町の人たちのほとばしる情熱が体感できそうです。(取材:内藤昌康)
〔インフォメーション〕
「都築屋菓子舗」
住所:愛知県知立市本町本41
電話:0566-81-0476
営業時間:9:00~18:00
定休日:月曜、火曜
「清水屋洋品店」
住所:愛知県知立市本町本47
電話:0566-81-0677
営業時間:9:00~18:30
定休日:火曜
「料亭岐阜屋」
住所:愛知県知立市本町本16
電話:0566-81-0025
利用は要予約、時間・料理内容は応相談(会席料理5,000円~)
営業時間:11:30~13:30/17:30~21:00
定休日:日曜
※併設の姉妹店「日本料理 花扇」は予約なしで食事ができます
電話:0566-82-2351
天ぷら御膳1,500円 など
営業時間:11:30~13:30/17:30~21:00
定休日:日曜